IRC Monthlyに「デジタル証券」について寄稿しました。
デジタル証券
京都大学公共政策大学院 教授
株式会社伊予銀行 顧問
岩下 直行
最近、デジタル証券という言葉が経済紙の記事に取り上げられるようになった。セキュリティトークン(ST)とも呼ばれる、ブロックチェーンを利用した新しい金融商品だ。既存の有価証券や不動産などの権利をブロックチェーン技術で「トークン化」したものだという。
しかし、紙の有価証券が電子取引可能なデジタル情報になったというだけであれば、特に珍しくもない。現在、日本の証券取引所に上場された株式は全て証券保管振替機構が運営するデータベース上の情報として存在しているので、ある意味ではデジタル証券だ。日本の国債も、特殊な例外を除けばほとんどが日本銀行の運営するデータベース上のデジタル証券になっている。つまり、デジタル化されているという点では、STは特別なものではないのである。
STが特別なのは、ブロックチェーン技術を利用しているからだと説明される。しかし、実際の売買はSTを管理する企業に取引情報を登録するだけだから、上場株式や国債のデータベース管理と実質的には変わらない。管理会社の内部でどんな情報技術が使われているかが、その証券の価値に影響することは通常は考えにくい。
ブロックチェーン技術は暗号資産に使われているから、STも暗号資産のように値上がりするのではないか、という期待があるかもしれない。暗号資産が値上がりしているのは、インターネットを通じて国境をまたぎ、匿名で取引できることが一部の利用者に好まれているからだと考えられる。しかし、STの購入には本人確認が必要だし、国境をまたいで自由に売買できるわけでもない。そう考えれば、「暗号資産のように値上がりする」ことを期待することはではできないだろう。
もうひとつのSTの特徴は、伝統的な金融機関ではなく、ベンチャー企業によって仕組まれた商品であることだ。金融分野は規制が厳しく、上場株式や国債のような伝統的金融には、新規参入が難しい。けれども、ブロックチェーン技術による新しい証券という取り組みは、伝統的金融機関がすき好んで手を出す領域ではなかったため、ベンチャー企業が参入できた面がある。その意味では、お堅い金融業界の殻を破った好ましいイノベーションと捉えることもできる。
しかし、金融機関がお堅いのは信用を重んじているからだ。ベンチャー企業が構築した新しいデジタル証券が信用できるか、今後の経済の変動の中でも安定して維持されるか、管理する企業のガバナンスは適切に行われるか、トラブルが起きた時にも迅速かつ誠実に対応できるか、といった点は、今後の実績次第なのだ。
投資商品の中には、多数の投資家から資金を集めて詐欺的な取引を行うものも少なくなかった。単に使っている技術が目新しいからと言って、直ちに信頼できるとも、値上がりが期待できるとも予想することは困難だろう。デジタルであることは、証券投資の世界では既に常識なので、それに加えてどんな優れた面があるのか、慎重に見定めていくことが、投資家にとって大切であろう。
(IRC Monthly 2024.12)