IRC MonthlyにAI規制について寄稿しました。
AIをどう規制するべきか
京都大学公共政策大学院 教授
株式会社伊予銀行 顧問
岩下 直行
最近の世論調査によれば、AIに対する厳格な規制を求めるという声が8割に達するという。これは、具体的な被害を想定して規制を求めているのではなくて、AIの急速な進化に対する人々の漠然とした不安を反映したものだろう。電子情報通信学会の川添雄彦会長は、「生成系AIの研究・イノベーションを闇雲に停止することは望ましくない」との声明を公表している。AI技術が急速に進化し、生活やビジネスに深く浸透していく中で、社会全体がこの新たな技術の影響を理解し、適切に対応するための教育と啓発が必要である。
現代社会では、人々が直接認識できない場面で、既にAIが広く活用されている。例えば、実用化が進められている自動運転は、車両に組み込まれたAIによって実現される。金融機関ではAIが融資判断を補助することが一般的になっている。企業の問い合わせ窓口には、AIが出力した文をオペレーターが読み上げる形で運営されているものも多い。AIはすでに私たちの生活を様々な形でサポートしてくれているのだ。
とはいえ、こうした既存のAIはあくまでもシステムの一部として機能し、人々が直接対話するものではなかった。万人がPCやスマホを操作する時代になっても、それらは精々、電卓やタイプライターが進化した「道具」として利用されるものにすぎなかった。
その状況を大きく変えたのが、昨年末に登場したChatGPTだ。それまで人間の専売特許であった文章作成という領域において、AIがあたかも人間のように言葉を紡ぎだすことに人々は驚愕したのだ。
AIが人間のように文章を生成し、資料を作成する能力が増すと、これらの業務を担当する人々は自分の職を失うのではないかという不安を覚える。これは新たな技術が社会に導入される際の典型的なパターンだ。本来、AIは人間が行う定型的な業務を自動化し、人間がより創造的な業務に専念する時間を増やしてくれるものなのだが、AIの技術的な進歩があまりに早く、社会的な受容が追い付いていないのだ。
本年6月、欧州議会は包括的なAI規則案を可決した。2年前に発表されていたが、最近の生成AIの普及を踏まえて修正されたものだ。この規則案は、AIを特性別にカテゴライズし、そのリスクレベルに応じて禁止事項、要求事項、義務を定めている。もちろんAIの利用を一律に禁止する訳ではなく、むしろ人間とAIが共存するための枠組みを示そうとしている。
生成AIのような先進的な技術が一般的に利用可能になるにつれて、その利用には適切な規制と教育が必要となる。しかし、それはAIを恐れ、その普及を遅らせるためではなく、AIを安全かつ効果的に利用するためのものであるべきだ。AIは、その能力を理解し、適切に活用すれば、私たちの生活をより豊かで効率的なものにする強力なツールとなり得る。
我々もAIの存在を認識し、それを有効に活用しながら、人間としての我々自身の価値を高めていくべきだろう。
(IRC Monthly 2023.9)