NIRA総研の “日本と世界の課題2023” に、「デジタル化がもたらした新しい金融包摂問題」について寄稿しました。
デジタル化がもたらした新しい金融包摂問題
岩下直行
京都大学公共政策大学院教授
金融包摂(Financial Inclusion)という言葉は、日本ではあまり耳にしないが、国際的には良く知られた、解決すべき課題であった。先進国では遍く金融サービスが享受できる一方、新興国や途上国では金融サービスのためのインフラが整備されず、現金以外の決済手段、貯蓄手段を持たない人々が多かった。遠隔地に送金するのも大変だし、盗難のリスクも高い。しかし、スマホの普及により、新興国でも途上国でもデジタル決済が普及した結果、金融包摂の問題は解決に向かっている。
ところが、今度は先進国側に、デジタル金融包摂とでも呼ぶべき新たな課題が発生している。金融機関の支店やATMが稠密に分布し、誰もが金融サービスを享受できる日本でも、高齢者を中心に、新しいデジタル決済に対応できない人々が存在する。決済は現金が当たり前で、貯蓄もタンス預金という人々は、政府によるポイントサービスも、決済事業者が提供する割引クーポンも利用できない。
当面の間は、従来通りの決済・貯蓄を続けていれば、問題は顕現化しない。しかし、こうしたデジタル金融包摂からこぼれ落ちた人々は、今後予想される社会全体のデジタル化からも取り残される危険性が高い。様々な行政サービスや選挙、裁判などのデジタル化の検討が進む中で、こうした人々の存在がデジタル化推進のブレーキとなり、社会全体の効率化を妨げることが危惧される。
技術で解決が可能な新興国、途上国の金融包摂と比べて、先進国のデジタル金融包摂は、人々の心の問題であるだけに解決が難しい。丁寧なサポートを行い、デジタル化への不安を解消することで、万人がデジタル化に前向きに対応できる世界を作っていく必要があるだろう。