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ビットコインのアドレスが増えている理由

普段は暗号資産メディアの記事はあまり論評しないのだが、ちょっと面白い発見があったので、ここで整理しておきたい。こんな記事が載っていた。

少額ビットコイン保有者が急増──新型コロナ対策の1200ドルが流入か
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Zack Voell(coindeskjapan、2020年5月4日 09:00)

この記事では、「FRBのジェローム・パウエル議長が議会に対して、FRBには次の不況に対処するための十分な力が不足していると示唆した時期」である今年2月下旬から、「少額のビットコイン投資家が急速に増加している」と書いてある。業界にとってなかなか景気のいい記事である。

昔からこういう言説はよく聞くけれど、中央銀行の政策でビットコインの需給や相場を説明しようとする努力は、たいてい失敗に終わっている。確かに、長期にわたる金融緩和はビットコインの相場上昇の背景となったけれど、暗号資産の投資家がFRBの政策を見て投資行動を変えているようには見えないし、そういう相関も観察されないからだ。

ここで論拠に挙げているのは、glassnode.comという「オンチェーン取引の内容をブロックチェーンの情報から分析するサイト」で表示されるひとつの図である。少額のビットコインを保有するオンチェーンのアカウント数が増えているというのは事実のようだが、それが「少額のビットコイン投資家が急速に増加している」という結論に結びつくものだろうか。

例えば、日本の暗号資産交換業者で少額(10万円程度)のビットコインを買ったとしよう。しかし、日本の交換業者の多くはオンチェーン取引ではなく、オフチェーン取引だ。ユーザーにはIDとパスワードを設定させて売買させるが、それはブロックチェーンに書かれるわけではなく、その交換業者内のデータベースが更新されるだけだ。ビットコインのブロックチェーン上は、顧客が売買しているビットコインはすべて交換業者名義なのである。だから、日本で新規に投資家が増えても、このアカウント数は増えないのだ。

日本に限らず、海外でも多くの交換業者はオフチェーン取引のようだが、一部にはオンチェーンで取引する交換業者もいる。投資家側は自らの秘密鍵を安全に生成して管理する必要があるし、決済が承認されるまで時間がかかったりするので、いわばプロ向けの取引となる。しかし、プロ投資家が0.1 BTC、10万円程度の残高しかないアドレスを使うことは考えにくい。そのアドレス数が増えているというのは、従来の構図が変化し、小口投資家もオンチェーンの取引をするようになったのだろうか。そこを不思議に思った。

記事にある「0.1 BTC以上を保有するアドレスの数」を、glassnode.comで確認してみよう。このサイトは無課金ユーザーだと直近1か月分の計数が表示されないようだが、雰囲気を知るには十分だ。こんなグラフを出力してくれた。

確かに、上記の coindeskjapan の記事とほぼ同じグラフが得られた(赤い線)。ここにBTC/USDの相場も表示した(黒い線)。少額保有アドレスが増えたのは2020年2月下旬からだが、増加の途上である3月中旬には、ビットコインの相場は一気に半値に暴落している。

もし、記事の通り、個人投資家が大量に新規参入したのだとしたら、彼らの投資資産はいきなり半値に落ちてしまったことになる。普通であれば、それに懲りて撤退する人が多いだろうから、増加は停滞するはずだ。しかし、そうした相場変動の影響はこのグラフには全く出ていない。暴落の前後を通じて、少額保有アドレス数は同じテンポで増えている。不思議なことである。この辺に着目すると、記事のなかの逸話にあるような「米国で新規参入の個人投資家が買うようになった」という業者の証言も、眉に唾をつけて読んだほうがよさそうだ。

その点を確認するために、「100 BTC以上を保有するアドレスの数」を、glassnode.comで表示させてみよう。日本円にして1億円前後になるから、これが普通にオンチェーン取引を行うプロ投資家の行動を反映していると思われる。

この図を見ると、100BTC以上保有するアドレス数は、相場暴落の影響を受けていることが分かる。暴落後、アドレス数はいったん増えてすぐに減ってる。いったん増えたのは、底値と思って買った人の保有額が100BTCを超えるケースが相次いだということだろう。その後、相場がちょっと戻ったので利確した人はまた100BTCを割った。損して離脱した人も出たので、相場が暴落して戻した時点で、それ以前より100BTC超えのアドレス数は大きく減っている。

上掲の2つのグラフを見比べると、少額保有アドレスの数が安定的に増加し続けており、相場と全くリンクしていないことが如何に異常かが分かるだろう。

なぜこうした安定的な増加が起きるのだろうか。考えられるのは、計画的にアドレスを増やして保有BTCを分割している人がいるということだろう。アドレスがハックされた時のリスク回避とか、分割して送金することで追跡しにくくする目的とか、いろいろ考えられる。どっちにしろ、「小口の投資家が新規参入している」というおめでたい話ではないと思う。

暗号資産の市場は、普通の証券投資やFXなどとはかなり質が違う。同じような理屈で理解しようとすると間違える。真相は闇の中だが、少額保有アドレスの継続的な増加は、なかなかに興味深い現象だと思う。