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それでも我々は生き延びていかなければならない

(4月21日にfacebookで公開した投稿をそのまま転載します)

普段は「web論座」なんて読まないのだが、たまたま探し物をしていてこの二つの投稿が好対照なので気になった。現役とOBの朝日新聞記者による投稿だ。

■日本でコロナによる死者が少ない理由を解明したNスペ
https://webronza.asahi.com/nati…/articles/2020041300006.html

■コロナ検査不足が医療危機を生んでいる 診断・隔離・治療政策を立て直せ
https://webronza.asahi.com/busi…/articles/2020042000004.html

前者は4月14日の投稿で、日本のコロナ対応としてのクラスター対策の効果を称賛している。後者は4月21日の投稿で、クラスター対策はもはや効果がなく、PCR検査を徹底せよと書いている。なんとなく、この一週間での風向きの変化を感じられたのが気になった。

これらはどちらもよく聞く主張であり、とりあえず日本は前者の路線で来たけど、このところの感染者増をみると不安になって、従来からテレビのワイドショーでよくあった後者の主張を支持する声も強まっているということだろう。

もちろん、豊富なPCR検査装置と検査キット、医療資材を含めた医療リソースが割り当てられるのであれば、感染の疑いのある人全員に徹底的なPCR検査を行うことが望ましい。感染者を早期に把握し、その関係者を含めて強制力を持ったトレースができれば、隠れたクラスターを潰していくことができるだろう。

しかし、現実には日本ではそうはできない。当初指摘されていた検査機器の不足だけでなく、医療リソースなど様々なボトルネックがあるからだ。そのための窮余の一策が、クラスター対策だったのである。

クラスターが追えている限りは、それで封じ込めができるかに見えた。しかし、3月の3連休辺りで人々の自粛が緩み、感染が拡大したのが、4月に入ってからの感染者の倍々ゲームになったわけだ。そこで、緊急事態宣言が必要になり、さらにゴールデンウィークを前に宣言が全国に拡大されたのである。

この辺の推移は、東洋経済の感染者数サイトなどをみれば実感することができるだろう。
https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/

3月中は新規の感染者は少なく、PCR検査数も少なかった。当時は、厳しいスクリーニングを経たうえでPCR検査をしても、陽性率が3-5%程度しかなかったという。

しかし、4月入り後は、新規感染者数が倍々ゲームで増えた。当然、PCR検査も増えているのだが、累計でみて陽性率は10%を超えている(感染者数10,608人、検査人数94,862人)。

加えて、4月後半に入って、死亡者数、重症者数も急増している。まさに、論座の前者の投稿がされた頃までは、1日の死亡者数は2-3人くらいで、多くても6-7人だった。それが、この1週間は、毎日10人以上、時には25人の新規死者数となっている。重症者も似たような動きだ(死亡者よりもちょっと変化は早く起きたが)。

こうなった原因は、もちろん4月入り後の感染者増にある。死亡者数や重傷者数は遅行指標だから、感染者が増えてから更に何週間か経って、症状が悪化し、治療の甲斐なく死亡に至る。それが数字となって明らかになるのは、時間がかかるのだ。だから、今後もしばらくは新規死亡者数は高いまま推移するだろう。

その意味では、前者の投稿は、クラスター対策が効果を上げており、死亡者数も少なかった「いい時期」に書かれたものだから、楽観的だったのだろう。これに対して、わずか一週間で後者の投稿が出てきているのは、この間の感染者数、死亡者数の増加が不安を高めたことによるものだと思う(もちろん、書き手のパーソナリティも影響しているが)。

では、もはやクラスター対策は無意味なのだろうか。PCRのリソースが足りない日本は、欧米のように医療崩壊してしまうのだろうか。

私はそうは思わない。

元々、クラスター対策重視の戦略を採ってきたとはいえ、日本でも着実にPCR検査の充実は進められている。連日、ワイドショーや国会で攻め立てられれば、対応しないで済む訳がない。

PCR検査の上限で感染者があふれる、といった議論もされるが、統計でみる限り、検査人数に対する陽性率は平均すれば1割程度であり、必要な検査ができていない訳ではない、もちろん、もっと数多くの検査をすれば、感染封じ込め効果がより高まった可能性もあるが、それは限定的だったと思う。何故かというと、無症状の感染者はそもそも検査に来ないからだ。

PCR検査の能力に対して、検査数が少ないとの批判もある。さいたま市の保険所長は、「病院があふれるのが嫌で、検査を厳しめにした」と発言した。しかし、少なくとも現在ならば、CTで肺炎症状が確認されれば、PCR検査を受けるだろう。軽症者の隔離施設も稼働し始めた。ボトルネックは解消しつつあるのだ。

現在進められている全国的な緊急事態宣言への対応により、人々の接触は減少しており、ここ一週間の新規感染者数は倍々ゲームではなくなっている。対数軸でみて、累積感染者数のカーブは寝はじめており、欧米諸国のグラフとは明らかに異なっている。人口百万人当たりの感染者数を国別に描いてくれるこのサイトで確認すると、その違いがよくわかる。
https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/index.html

この推移をみる限り、また、同様に人口当たりの死者数の水準を比較しても、現在の日本は欧米のような状況には至っていないし、今後もそうなるリスクは小さいだろう。とはいえ、気を抜いて自粛を緩めたりすると、市中に残っている感染者との接触により、また感染者数が増えてしまう。だから、当面は自粛を続けるしかないのだ。

人と人との接触を抑えられれば、未検知の感染者も治癒し、新たなクラスターを生み出すことは避けられるだろう。とはいえ、完全には接触は断てないので、感染の連鎖は水面下で続いていくだろうから、仮に感染者が明確に減少に転じたとしても、すぐには自粛は解除できないだろう。これは、かつてのスペイン風邪の流行時の米国の都市間の政策の違いを分析した論文の知見でもある。
https://www.facebook.com/naoyuki.iwashita.kyoto/posts/854466448369791

こうやって考えていけば、何もこの一週間で事態が急速に悪化した訳ではないことが分かる。むしろ、感染者数は抑え込まれつつあると評価できるだろう。政府の対策についても、元々クラスター対策が全てではなく、PCR検査の充実も含めた様々な対応が必要とされていたことは、特に変わらないし、それらは着実に進められていると私は思う。

もうしばらくはSTAY HOMEを続けよう。それは、夏までかもしれないし、もっと長いかもしれない。感染を過度に拡大しないようにしながら、最も効率的に経済活動を維持していく方法の検討も必要だ。経済に与えるインパクトは大きくなるけれど、感染を拡大して医療崩壊すれば、経済活動どころではなくなるのだから、それは仕方ない。

この状態はすぐには解消しないと覚悟する必要がある。それでも我々は生き延びていかなければならない。そのためには、様々な英知を結集して各分野での対策を進めていくことが必要だろう。