ビットコインの相場は2020年初の 7,000ドル前後から上昇し、現在は10,000ドル前後となっている。この間、Tetherの 5億ドル増発、中国の交換所FCoinの破綻、はたまた大口投資家を狙った暗号資産の不正送金など、市場にショックを与えるようなニュースが飛び交っていたし、アルトコインの相場も大きく上昇した後に下落するなど、荒っぽい相場動向だった。けれども、ビットコインの相場は着実に上昇したといえるだろう。
この間、ビットコインの取引金額はどう変化しただろうか。取引金額の統計については、取引所が出している数値を集計するサービスが複数あるが、いずれも民間の運営組織が、広告収入や寄付を収入源に運営しているものであり、権威ある公的な統計は存在しない。取引所の情報も自己申告ベースであり、過去には誇大な数字で統計が混乱したことも少なくなかった。
一応、比較的よく利用されている統計はいくつかあるのだが、最近、その方向性が一致しなくなっている。それぞれの集計値の理念やカバレッジが違うから仕方ない部分もあるが、とはいえそうした方向性の乖離が、特に信頼できないと言われる取引金額の動きについての何某かの情報を教えてくれるかもしれないので、以下で比較検討してみよう。
まず、比較的よく利用されるcoinmarketcap.comの取引量統計を見てみよう。下のグラフで下部に表示される棒グラフがビットコインの24時間取引金額を示しているが、その値は最近増加の一途を辿っており、2017年末の大ブームや、2019年の春から夏にかけての相場再上昇期を凌駕して、24時間で 500億ドル近くの取引が行われることを示している。ビットコインに加え、取引金額が全暗号資産中で最大となったTetherや、各種アルトコインも加えれば、最近の取引金額の合計値は1000億ドル前後に達している。
次に、少しカバレッジは狭いが、各暗号資産間でどのように資金が流れているかを詳しく分析しているcoinlib.ioによる取引金額の集計値をみてみよう。この統計によれば、2020年入り後の取引金額は増加しているが、とはいえ2017年末のピークには及ばない。世間でのビットコインの関心の多寡を考えると、こういう推移であるほうが実感に近いだろう。この統計によれば、足元の全暗号資産の取引金額は 200億ドル前後ということになる。
最後に、更にカバレッジは狭いが、暗号資産同士の取引を除外し、法定通貨とビットコインとの交換金額のみを集計したcoin.danceのLocalBitcoinsの取引金額をみると、2020年に入って、取引金額が急減していることがわかる。
これらが暗号資産(またはビットコイン)の取引金額という、よく似た概念を示していることが不思議なくらい、各グラフの最近の動きは異なっている。これをどう考えればいいのだろうか。
各サイトは統計の厳密な定義や作成ルールを開示していないため、想像するしかないのだが、一番上の coinmarketcap.comの取引金額の中には、同一の交換所の参加者同士による売買や差金決済にかかる取引のデータなどが混入しているのではないか。他方、coinlib.ioの取引金額は、元々カバレッジが低いことに加え、2018年以降急増したTetherによる取引のカウントの仕方が抑制的なのかもしれない。
そして、LocalBitcoinsの取引金額は、基本的に法定通貨との交換を中心とするものだから、Tetherの拡大によって暗号資産の取引に法定通貨を利用する度合いが減少したことを素直に反映した結果、取引金額が大きく減少しているという可能性がある。
LocalBitcoinsが減少しているもう一つの可能性は、国際的な資金洗浄対策などが進んだために、あるいは進むという予測が広がったために、資金洗浄目的で暗号資産を保有していた主体が取引を抑制した、というストーリーである。G20での議論や欧州におけるAMLの強化は、暗号資産を資金洗浄目的で使用しようとした人々を警戒させ、そうした取引を減少させる効果があったのかもしれない。
そう考えられるのは、今年に入ってLocalBitcoinsの取引金額が大きく減少しているのが、ロシア、ウクライナ、ナイジェリア、メキシコといった国々だからである。これらはかねてより国際的な犯罪組織による暗号資産の利用という噂が絶えなかった国だ。もっとも、本当に暗号資産の利用を抑制したのか、あるいはTetherを利用するようになったのでLocalBitcoinsの統計から落ちたのか、どちらかは分からない。
考えてみれば、たとえTetherが1ドルと等価と主張するステーブルコインであったとしても、ビットコインやアルトコインやTetherで保有する限り、その取引は暗号資産の世界に閉じたものであり、それ以外の世界との繋がりは限定される。
その意味では、coinmarketcap.comの取引金額が増えたとしても、LocalBitcoinsの取引金額が減少していれば、現実の社会と暗号資産の社会との分離が進むことになる。そうした傾向が進めば、例えば暗号資産が2018年のように暴落したとしても、それが実体経済にはあまりショックを与えなくなると期待できるかもしれない。こうした観点からも、暗号資産の実質的な取引金額が増加しているのか減少しているのか、いろいろな統計を見比べながら検証していくことが必要だと思う。