山口県不動産鑑定士協会・会員研修
「山口県の景気情勢について」
日本銀行下関支店長 岩下直行
司会: 岩下支店長は栃木県出身で、慶應義塾大学経済学部卒業後、1984年4月に日本銀行に入行されました。長崎支店、調査統計局、企画局、システム情報局などを経て、94年7月に金融研究所に異動され、以後約15年間にわたり、情報セキュリティ技術の研究に従事されました。昨年6月に下関支店長に赴任され、10月には経済産業省の情報化促進貢献個人表彰を受章されておられます。では、よろしくお願いいたします。
岩下: ご紹介ありがとうございました。岩下でございます。
本日は、山口県の景気情勢というテーマでお話をしようと思います。皆さんはびっくりするかもしれませんが、多分山口県というのは、日本で一番景気のいい県です。逆に言うと、日本で一番景気が良くてこの程度、ほかはもっと良くないということです。
私は、今週の月曜日に日銀本店で開かれた日銀支店長会議で、山口県経済の状況を報告してきましたが、各県の経済状況を報告した発表者の中では山口県が一番明るかったと何人もの人に言われました。この話を山口県に戻ってお話すると、みんな、「嘘でしょう」と言うんですね。嘘ではありません。嘘ではありませんが、実感としてそのように景気が良くは感じないというのもよく分かるのです。構造的に、人口が減少する中で消費が伸びない。あるいは、皆さんのお仕事に関係する土地の需要がなくて、地価も伸びないといったことを実感されておられると思います。
そこで、今日は山口県の景気は実際のところどうなのかというお話をさせていただきたいわけですが、ただいきなり硬い話ばかりしてもつまりませんので、お手元の最初の資料「日本銀行本店の建物の外観と円の起源を巡るお話」に沿って、ちょっと柔らかな話題をご紹介させていただければと思います。
■日本銀行本店の建物の外観と円の起源を巡るお話
この資料でお話したいことは三つあります。第一は、「日銀本店の建物を上から見ると、どう見えるか」という話です。第二に、「実は東アジアの国の通貨単位の起源というのは、みんな一緒だった」という話です。その上で、第三に、「円はどのような経緯で生まれてきた通貨単位なのか」という話を、薀蓄話としてお話をさせていただきたいと思います。
日銀本店は、東京の日本橋にあります。そこにある日銀の旧館は、辰野金吾設計の、明治の日本を代表する西洋建築で、この建物を上から見るとどのように見えるのかというのがこの写真です。大きな「円」という字の形になっているのが分かりますね。では、これは果たして本当に円という字を模したものなのでしょうか。だれがどう見ても円という字に見えるのですが、よく考えてみると、この建物は1896年に建ったわけです。1896年に果たしてこの円という字が使われていたのかが問題なのです。
まず、現在の日本のお札の表記を見てみましょう。円というのは現代の日本の通貨単位ですから、お札の券面の表記にも当然この円という字が使われています。ところが、戦前は、この円の字は使われていなかったのです。古い「圓」という字が使われていました。われわれが今使っている円という字は日本の国内でしか通用しない漢字で、中国では使われていません。中国人はこの円のことをどのように表記するかというと、「日元」と書くようです。戦前、1945年までは、お札の券面にはこの圓の字が使われていました。日銀旧館の建物が建ったのは1896年ですので、実にお札に円の字が使われ始める50年前にこの建物が建ったのです。もしも円という字が戦後使われ始めた新字だとすれば、1896年には存在しないので、この建物が円の字の形をしているというのは偶然だったことになりますが、そんなことがあるのでしょうか。これが、これから解いてみたい謎です。
そこで、もう少し調べるために、日本以外のお金というものを少し見てみましょう。これが、中国の通貨、元(人民元)のお札の券面です。毛沢東の写真の肖像が描かれている現在の中国のお札の表記をよく見てみると、元という字はなくて、圓という字が書かれていることが分かります。これが正式な元の字です。元という字も圓という字も、中国語では発音が同じ「ユアン」なので、元は圓の略字として使われているのです。
次に、韓国ウォンのお札を見てみましょう。表はハングル、裏は英語で書かれており、どこにも漢字はないのですけれども、韓国銀行が昔発行したウォンのお札には、やはり圓の字が書かれています。韓国では、この字をウォンと読むのです。ちなみに、国構えのない「員」という字も韓国語ではウォンと読みます。例えば「公務員」という単語は、日本語の熟語がそのまま韓国に輸出されたものですが、韓国では「カムウォン」と発音します。
つまり、東アジアの3つの通貨の起源はすべてこの圓という字であって、この字を日本はエンと呼び、中国ではゲンと呼び、韓国ではウォンと呼ぶわけです。現在では、それぞれの国で利用する略字・表記が異なるので、全然別の通貨単位のように感じますが、根っこは繋がっているのです。
実はもっと驚くことがありまして、さらに歴史をたどると、この圓の字は、元々はドルという意味だったのです。この字が通貨単位として用いられた一番最初の例は、1869年、イギリスの香港政庁における造幣局で鋳造された1ドル銀貨です。この当時、東アジアにおける貿易の資金決済には主としてメキシコで鋳造された銀貨が使われていたのですが、香港政庁も銀地金をアジアで調達して銀貨を鋳造し始めました。鋳造した銀貨の表面にアルファベットで「ワン・ダラー」(1ドル)という刻印をしたのです。同時に香港政庁は、この銀貨が中国国内でも使われれば、自分たちが通貨発行益を得られると考えたのです。そこで、当時の中国の人たちが読めるように、これに漢字で刻印をしようと思い立ったのです。その際、この銀貨は丸いので、丸いという意味の漢字を使って「壱圓」という刻印をしました。これが、圓という通貨単位の起源です。
では、なぜこの香港政庁の考案した通貨単位が東アジア諸国の正式な通貨単位として広まったのでしょうか。1869年以前、つまり日本で言うと江戸時代、中国で言うと清朝ですが、日本も中国も、各々独自の通貨単位を持っていました。例えば、日本では両、分、朱といった単位が利用されていたのです。それらは封建時代の閉鎖的な経済を象徴する通貨でした。日本は明治維新後に通貨制度の改革を行ったのですが、それを担当したのは大隈重信でした。その時のエピソードは、『円を創った男』という小説に詳しく書かれています。面白い小説ですから、ぜひ読んでみてください。文明開化を推進するために、西欧列強の通貨制度と同じように十進法を採用し、香港で鋳造された銀貨を参考に、「圓(円)」を新しい通貨に選択した経緯がいきいきと描かれています。
同じことは中国でも起こりました。当時の清王朝の人たちも、それまで使われていた通貨単位を捨てて、新しく西欧列強の通貨単位に近いものを導入したのです。その起源がこの一番最初の1ドル(壱圓)銀貨であり、それが後に円になり、元になり、ウォンは多分日本が持ち込んだのだと思いますけれども、それが韓国のウォンという通貨になったということで、現在の東アジア諸国の通貨制度になっているわけです。
さて、ここで振り返ってみたいのは、日本において圓の字が円の字に変わったのはいつかということです。お札の表記が変わったのは戦後です。1946年に発行された聖徳太子の百円札が、一番最初に円の字が使われたお札です。しかし、圓という字は画数が多いので、通貨単位として手書きで書くには向きません。日本では、江戸時代から圓の字の略字として円の字が使われていたらしいのですが、これを調べるのは結構難しい。なぜかと言うと、そもそも略字は正式文書には残らないし、昔の文書を引用して最近印刷した資料では、圓の字を旧字と扱い、新字の円に置き換えてしまうため、印刷した資料を読んだだけでは、元々圓と書かれていたのか、円と書かれていたのかが分からないからです。いろいろと調べてみた結果、どうやら円の字は、明治時代には既に通貨単位の略字として使われていたらしいことが分かりました。明治時代、お札には正式な字として圓と書かれていたけれど、人々の生活の中では既に円の字が使われていたようです。だとすると、1896年に建った日銀本店の建物のデザインが、通貨単位としての円の字を意識したものであったと考えても矛盾しないというのが、このお話のとりあえずの帰結です。
なお、この件について日本銀行に正式見解を尋ねられても、日銀本店の建物が円の字を意識して建てられたものであるかどうかは分からない、という回答をするしかないだろうと思います。「この建物を円の字を意識して建てます」などということは、設計者である辰野金吾も書き残さなかったし、その後の人たちが残した記録にも記載されていないので、想像するしかないのです。テレビのバラエティー番組で、この建物が円の字に見えるという話が出てくることがあるのですが、円の字を意識して作ったかどうかについては、今回ご説明したような割と真面目な検証が必要なのではないかということを指摘して、この話を終わらせていただきます。
■山口県の景気情勢
続いて、山口県の景気情勢についてお話します。こちらも3部構成でお話をしたいと思います。まず最初に世界の景気情勢、次に全国の景気情勢、その次に山口県の景気情勢という順番でお話をいたします。
1.世界経済の動向
まず最初に、世界経済の話です。世界経済はこの2009年に非常に大きなマイナス成長を経験しました。世界経済が暦年前年比でマイナス成長になるというのは、戦後初めてのことです。2004年以来、4~5%で伸びてきた世界経済が、2008年に3%に減速し、2009年にはマイナス1.1%まで落ちました。
これは実は、2004~7年の高い成長率に問題があったのです。世界全体の潜在的な成長力を考えると、アメリカなどの先進国が特に速いスピードで成長した背景には、何か変なことが起こっていたと考えざるを得ません。こうした高い伸びが続けていた背景には、サブプライム問題があったのです。
サブプライム問題とは何かというと、日本人に一番分かり易い言い方をすれば、バブルです。アメリカにおける比較的所得の低い人たち、雇用が不安定な人たち、そのような人たちでも家が持てるように、貸金業者がお金を貸したのが、サブプライム融資でした。もちろんそういった信用度の低い人たちからはお金は返ってこないかもしれないので、貸すのは本当は心配なのです。そこでアメリカの金融機関は工夫をしました。そういった人たちにお金を貸す契約をしたら、債権を売却してしまうのです。債権は証券化され、アメリカ国内やヨーロッパに転売されました。同様に、ヨーロッパでも、スペイン、イギリス、アイスランドなどの国々で、通常であれば行われないようなかなり大胆な融資が大量に行われました。こちらも融資を行った後で、債権を全部売り払ってしまえば、その人たちは手数料が入って儲かる形になっていたわけです。
問題は、売却された債権がどうなるかですが、証券化手法というものが用いられました。貸出債権をいったんプールして、返済を受ける優先順位別にシャッフルし、上位にあるものを格付けの高い証券として、下位にあるものを格付けは低い代わりにリターンの大きい証券として売るという、そのような技術が普及しました。そういった証券を大量に買ったのが、アメリカの国内およびヨーロッパの金融機関だったわけです。
ところが、2007年にサブプライム問題が顕現化すると、そうした計算は机上の空論だったことが分かりました。いったん返済が滞り始めると、債務者の多くに返済不能が伝播してしまったのです。その結果、プールされた債権のうち一番上澄みの部分は返済される確率が非常に高い証券だからトリプルAだ、というロジックが通用しなくなってしまいました。トリプルAだと思って買った証券が、実はそうではなかったということが判明し、それまでお金が回っていた部門にお金が急に回らなくなったというのがサブプライム危機で、それが欧米の金融機関、特に投資銀行部門を直撃したのがリーマンショックだったのです。
2008年のリーマンショックにより、世界全体で一気に需要の収縮が起こりました。それまでアメリカやヨーロッパで、日本製の高級自動車や家電製品が順調に売れていたのに、一気に売れ行きが止まり、現地で大量の在庫が積み上がったのです。需要の落ち込みは2008年10~12月から2009年1~3月まで続き、その後1年間は何とか回復の過程をたどったのですが、その前の落ち込み方があまりに激しかったので、年平均で見ると、2009年は過去に例のない前年比マイマスとなりました。とりわけ日本経済は前年比マイナス5%を超える落ち込みを記録し、先進国の中で一番ダメージを受けた国と言われています。
私がよく質問されるのは、「なぜ日本経済が一番ダメージを受けたのか」ということです。アメリカとヨーロッパがサブプライム問題で落ち込むというのは分かり易いですね。バブル期に野放図な融資を行っていたサブプライム業者と、その債権を買った金融機関はアメリカとヨーロッパを本拠としている先がほとんどです。そこが大きく傷んで公的資本の注入になったのだから、アメリカとヨーロッパの景気が悪くなるのは分かるのだけれども、なぜ日本がアメリカやヨーロッパよりもさらに悪くなったのですかと、よく質問されるのですが、それは結局、日本の産業構造が原因なのです。
日本は、2004年から2007年ぐらいにかけて比較的景気がよかったのですが、当時は輸出主導の景気回復と言われていました。日本の製造業、特に自動車産業や電機産業が非常に精緻な製品を組み上げて、それを主としてアメリカ、ヨーロッパに輸出することで成長率を高めた4年間だったと思いますが、そのようなものに非常に適応してしまったために、アメリカの需要がぱったり止まると、いきなり日本全体の経済活動が大きく収縮してしまったのです。
リーマンショックによって世界経済は大きく変質しました。特に大きな変化は、世界の成長センターが欧米先進国からアジアの新興国に移ったということです。2004~7年頃も、中国やインドの成長率は高かったのですが、そのころはまだアジアの新興国の経済規模は小さい一方、アメリカやヨーロッパも大きく伸びていましたから、世界の成長センターはアメリカでありヨーロッパであったわけです。ところが、最近は中国も世界第2位のGDPの規模を持つと言われるようになるわけですし、その中で成長率が10%もあるわけですから、世界経済全体が落ち込む中で、アジア地域、とりわけ中国が世界の成長の源泉となったというのが、この2009年、2010年で世界経済が大きく変わった最大のポイントです。
このような世界的な需要のシフト、欧米中心からアジア中心へのシフトは今後しばらく続くものと考えられます。今後数年間は欧米の伸びはあまり期待できません。サブプライム問題の後遺症がずっと残っているからです。かつて日本のバブル崩壊後に金融危機があって、それが制約となって、日本の経済がほとんど成長できなかった時期がありましたが、同じことがアメリカやヨーロッパに起こる可能性が高いと思います。そのような世界経済の大きな潮流の変化にどのように対応していくかということが、日本企業のこれからの大きな課題になるだろうと思われます。
2.日本経済の動向
では、日本経済はどうだったのでしょうか。日本の実質GDPは、2008年から2009年にかけてマイナス成長が続きました。とりわけ、2008年10~12月、2009年1~3月は二期連続して年率10.2%、11.9%という大きなマイナスを記録しました。戦後1度も経験したことのない、深刻なマイナス成長が日本経済を襲いました。その後、成長率はようやく前期比プラスとなりましたが、その伸びはなお低いものにとどまっています。
一般に、GDPは前期比でみることが多いのですが、やや長めの流れを把握するために、GDPのレベルをみてみましょう。GDPとは、世の中でどれだけ消費が行われたかとか、輸出が行われたかとか、投資が行われたかといった金額の話ですので、伸び率ではなくてレベルでみることもできるわけです。2007年1~3月を100とすると、直近2009年7~9月のレベルは94ぐらいになっています。だから、3年前のレベルに戻るためにはあと6%の成長が必要なのです。多分日本経済は今最大限成長しても年成長率2%程度でしょう。そうすると、3年はかかるということです。順調に3年間成長して、初めて3年前の状況に戻るということです。
もう一つ、このレベルのところで見ていただきたいのは、実は今、日本経済を長い目で見て支えているのは、個人消費だということです。個人消費は、3年前とほぼ変わらない水準で動いています。公共投資は一時期少し落ちましたが、その後持ち直し、最近ではレベルを押し上げる方向に寄与しています。ただ、これも「コンクリートから人へ」という議論がありますので、今後、大きなプラスは期待できません。次に輸出ですが、実はこの間の日本経済を大きく振幅させてきたのは輸出でした。リーマンショックの結果、輸出はレベルが110から70にまで一気に落ちました。そこからようやく少し戻して、今は80ぐらいになっています。
住宅投資のレベルは、2007年の建築基準法改正の際に100から80に大幅に減少し、リーマンショックが起きてさらに70にまで落ちました。住宅投資がこれだけ落ちているのは、住宅を買う人が先行きに不安を感じているからでしょう。サラリーマンが住宅を買おうと決断するためには、雇用が安定的に維持されることや、将来の給料がある程度見通せることが必要なのですが、現時点ではそれがなかなか厳しいので、住宅投資が大きく落ちているのです。
同じことが設備投資にも言えます。リーマンショックで一気に企業の投資意欲が落ちたため、3年前の設備投資を100としたときに、今の基準は80を下回り、今後も回復してくる見通しがなかなか立たない状態です。企業にアンケート調査をしますと、設備が不足していると答える企業は少なくありません。足元の生産は回復しつつあり、このところ設備投資をあまりしていないので設備能力に不足を感じている業種は結構あるのです。けれども、先行きに不安な要素があると、設備投資はあまり伸びません。
大企業の中には、日本国内では投資せずに、中国や東南アジアに投資するケースが多くみられます。東南アジアや中国であれば、労働力が安く、規制が緩く、電力が安い等々、いろいろメリットがあります。加えて、例えば派遣業法の改正への不安や、二酸化炭素排出規制への不安があるために、大手の製造業の中には、「日本の国内で生産を続けていると、国際競争力が低下してしまうのではないか」との危惧を持つ先が増えています。企業としては、そうした不安があればそれを回避するために海外に工場を移転することが合理的な選択となるのでしょうが、その結果、元気のいい企業が日本国内に残ってくれなくなり、「日本企業は元気がいいけれども、日本は元気がよくない」という状況に陥ることにならないか、私としても大変心配しているところです。
3.山口県経済の動向
次は私が現時点で一番の専門としている、山口県経済の話をしましょう。山口県というのは素材産業中心で、輸出、とりわけアジア地域の輸出の伸びに支えられて、全国の中でも比較的落ち込みが小さかった地域といえます。それを示す材料をみていきましょう。
(1) 日銀短観と他の景気動向アンケート調査
私どもでは、「日銀短観」を集計し発表しています。一般の方々からは良く、「日銀短観は日銀が作っているんですよね」と言われるのですが、日銀が勝手に数字を作っているわけではありません。日銀短観というのはアンケート調査です。山口県で言えば、山口県内の企業に168社の会社にアンケート調査を3か月ごとに行いまして、そのアンケート調査に、その会社の経営幹部が、今の業況はよい、あるいは悪いということをアンケートに答えていただきます。よいと回答した会社の数が何%か、悪いと回答した会社の数が何%かということをそれぞれ計算して、その引き算をします。その結果、よいと回答した会社のほうが何%多かったかという値を「業況判断DI」と呼んでいます。これが短観の作り方で、私どもの恣意的な操作は一切入っていないのです。
その短観の数字を見ても、山口県の景気というのは全国にかなり先んじてよくなってきているという感じを受けます。全国の中小企業が去年の1-3月、4-6月まで悪化を続け、ようやく7-9月、10-12月と改善したのに比べて、山口県は去年の1-3月までは悪かったけれども、4-6月、7-9月、10-12月と3期連続して改善している。ここの部分が違うのです。これまでの山口と全国の動きというのは、2006~8年の落ち込み方はほぼ同じでしたから、やはり全国との対比では山口県の落ち込みが浅くて早く回復し始めたということができます。しかし、いかんせん、その水準は2007年頃と比べれば、まだ低いので、十分に改善したとは言えないわけですが。
山口県内の景気については、日銀だけではなくて、いろいろな組織が調査をしています。例えば、山口財務事務所、山口経済研究所等がやはり同じような調査をされています。これらの調査結果を並べるとかなり動きが違います。この違いが少し面白いので、その説明をしたいと思います。
日銀短観の業況判断DIは、2009年4~6月という比較的早い時期に改善を始めましたが、現在の水準は2008年10~12月の水準程度です。山口経済研究所も似たような動きではあるのですけれども、少しレベルが低い。それに比べると山口財務事務所は、非常に早い時期に回復し、レベルも2007年の水準にまで一気に回復しています。リーマンショック前の水準を早々と超えてしまったわけです。一方、日銀の短観ではなかなかそこまでは戻りません。この違いは何によるものなのでしょうか。アンケートの対象先が、財務事務所だからよく答えているとか、日銀だから悪く答えているとかということは考えにくいのです。対象先の企業はほぼ同じで、ほとんど同じタイミングでアンケートをしていますので、答え方を変える必要がないからです。
それ以外のアンケート調査まで含めてみるともっと違います。西京総研のアンケートでは、最近の値がマイナス93まで落ちています。100先聞いたらそのうちの93先が悪いと言い、残りの7先が普通だという、それぐらいの比でないと、マイナス93という数字は出ません。逆に、西中国信金のアンケートでは、足元が急速に改善し、2007年と同じ水準に戻っているのです。
こうした違いが生じる原因は、アンケート調査の聞き方の違いによるものです。
今ご説明したこの日銀財務事務所、山口経済研究所、西京総研、西中国信金等のアンケート調査の取り方を詳しく見てみると、各々で微妙に違うのです。一番決定的な違いは、日銀や山口経済研究所は、「今の業況はよいですか、悪いですか」と聞いて、その差を取っているのに対し、去年に入ってから急速によくなった山口財務事務所と西中国信金は、「四半期前に比べて上昇しましたか、下落しましたか」と聞いているのです。
今回のように大幅に景気が悪化した直後は、前期比では改善している先が少なくありません。ただ、そういう先でも水準はまだ低いので、「今の業況はよいですか、悪いですか」と聞かれれば、「まだよくはない」という回答になる先が多いのです。その結果、山口財務事務所や西中国信金のアンケート結果は急速な改善となり、日銀下関支店と山口経済研究所のアンケート結果はなかなか改善しないということになるのです。
先に見たアンケートのうち、西京総研の結果は最悪でしたが、これは別に西京総研の調査対象先が最悪だからということではなくて、これも聞き方が違うのです。西京総研は、「1年前と比べて業況はよいですか、悪いですか」と聞いているのです。リーマンショックによる大幅な落ち込みからあまり時間が経っていない現時点では、前期比が多少プラスであっても、前年比で見てプラスということは、よほどいい会社でなければありえません。その結果、西京総研の聞き方だと、93%が「悪いです」と答えることになってしまったのだと考えられます。
以上の考察で分かったことは、各々のアンケート調査の性格をきちんと見分けながら慎重に利用していく必要があるということです。その上で、最近の山口県内の景況判断アンケート結果が全体として語ってくれるメッセージは、「県内企業の業況は、大幅に落ち込んだ後で、現在は改善する方向にある」ということです。
(2) 日本銀行下関支店による山口県金融経済情勢の判断
日本銀行下関支店では、山口県の金融経済情勢を毎月公表しています。最近公表したのは昨年12月25日で、その際の資料では、「県内景気は、輸出や生産を中心に、持ち直しの動きが続いている」との判断を示しています。
私どもが山口県の景気判断をどのように表現してきたのか、過去の推移を振り返ってみましょう。2008年1月から4月までは、比較的良好と評価していましたが、5月、6月と多少微妙な感じになってきて、2008年10月にリーマンショックが起こった後は大きく減速し、2008年12月に初めて「悪化してきている」という表現を使いました。その後、2009年1月から5月までは、ずっと悪化が続いたわけです。
実は、私が着任したのが2009年6月でありまして、6月に着任して、着任した途端に表現を変えました。「生産・輸出を中心に下げ止まりつつある」との表現を使うこととし、悪化という言葉を使わなくなりました。「支店長が変わったから景気判断も変わったんじゃないか」と言われることもあるのですが、そうではありません。私は、6月以降、県内の経済指標の中に明らかに改善の方向を示す数字が出てきたことに着目して十分に検討した上で景気判断を変えたわけです。ただ、これを変えるときは結構心配で、「強気の支店長が来たから急に景気表現も強気になったんじゃないか」と言われないように、いろいろな材料を一生懸命集めました。
そのように判断を変えた最大のポイントは、鉱工業生産指数です。都道府県別にきちんとしたマクロの統計が取れるのは、鉱工業生産指数しかないのです。GDPの県別というのは、速報性をもって取ることはできません。山口県の県民総生産という概念はあるのですが、古い数値しか入手できないので、足元の景気の判断材料としては全く使えません。百貨店の売上高等の個人消費関連の統計も入手できますが、これらはカバーする範囲が限定的で、しかも名目値しか入手できないので、数量が変化しているのか、価格が変化しているのか分かりません。それに対して、鉱工業生産指数は実質値が入手できるので、景気判断をする上では非常に有用な統計です。
この山口県の生産指数が大きく上昇したのが6月なのです。私もこれを見て、景気判断を変えることに踏ん切りがついたのです。
(3) 着実な伸びを続ける山口県の輸出と生産
なぜ山口県の生産が回復したかというと、山口の輸出が回復したからです。では、一体輸出はなぜ回復したのでしょうか。山口県の輸出というのは、非常に特殊な構造を持っています。業種別に見ると、化学と自動車のウエイトが高いです。周南に徳山と東ソー、宇部に宇部興産という三大化学メーカーがあるため、化学製品の輸出が多く、防府にマツダがあるため自動車の輸出が多いのです。この4社が、山口県の輸出を大きく左右しているのです。
このうち、防府のマツダは、ヨーロッパとアメリカ向けの輸出が多いのですが、これがリーマンショックで大幅に落ち込んだのは2009年1~3月でした。その後、アメリカとヨーロッパで在庫調整が進んだことと、アメリカとヨーロッパにおけるスクラップ・インセンティブ(日本で言うエコカー減税のようなもの)の効果で売れ行きが戻ったため、2009年4~6月以降の輸出は回復し、リーマンショックで落ち込む前の水準にまで戻ってきています。一方、三大化学メーカーの輸出は中国、韓国などのアジア向けが中心ですが、こちらもリーマンショックで半減した後、2009年4~6月以降、回復したという点では同じ動きです。その結果、山口県全体の輸出高が前期比で増加し、それが山口県の鉱工業生産指数を前期比で押し上げたわけです。
では、2010年入り後はどのようになるかということですが、多分この先、輸出や生産は前期比ではそれほど伸びないだろうと私は思っています。ただし、前年比でみると大きな伸びとなるでしょう。これはなぜかと言うと、前年がリーマンショックで大きく落ちているからです。大きく落ちている月からちょうど1年後になると、伸び率が急に高まります。したがって、2010年1~3月の生産や輸出の前年比は、非常に高いものになるでしょう。
これから出てくる経済指標は、鉱工業生産、輸出、自動車販売台数、家電品売上高等、さまざまなものが前年比で見ると大きなプラスになるはずです。ただし、前年比がプラスになるのは前年が落ちているから当然で、本当に実質はよくなっているのかというと、そこの見極めはなかなか難しいということを注意していく必要があるだろうと思います。
(4) 物価下落の効果で低迷する大型小売店の売上高
次に、個人消費の動きを見てみたいと思います。山口県のスーパーや百貨店の売上高の前年比の数字を見ますと、ずっとマイナスが続いています。ただ、これをよくよく見てもらうと、中国地方全域、あるいは全国のスーパー、百貨店の数字を見ると、山口県のほうが上回っているのです。ただし、2009年7月は、山口県のほうが低い伸びになっています。これは、水害の影響によるものです。去年の7月に記録的な大雨が降り、山口県内の広い範囲で被害が出ました。水害に遭わなかった地域でも買い物に出かけられる天候ではなく、それが長く続きましたので、全国や中国地方全体では落ちていないのに、山口県だけが大きく落ちたことがありました。そういう特殊な時期を除き、概して見れば、全国や中国地方全体よりも山口県のほうがまだ上回っているということが言えるでしょう。
もう一つ注目していただきたいのは、全国も中国地方も山口県も同じような振れをしている月が多いということです。この振れは何によって生じているものでしょうか。全国と中国地方と山口県に同じようなショックが頻繁に発生したとは考えにくいので、これは物価の下落によるものと考えられます。
スーパーも百貨店も、売上高の統計は、金額ベースです。金額は価格×数量ですから、金額が減少しているのは、値段が下がっているからなのか、数量が下がっているからなのかが分かりません。私はそこの部分を推計しようと思って、いろいろな試算をしています。
スーパーで売っている食料品でいうと、例えば納豆、牛乳、チーズ等、随分安い商品が出回るようになりました。元々はナショナルブランド、つまり製造会社のブランドをつけて売っていたものが支配的だったのですが、最近はプライベートブランド、つまりスーパーのブランドをつけて売っているものが増えてきて、そのほうが、3割から5割程度安いのです。そのようなものがどんどん出てきて、私もあまり品質にこだわらないほうなので、半値の納豆があれば喜んでスーパーのブランドがついているものを買いますので、そうした人が増えれば増えるほど、客の単価は下がります。そのようなシフトが大規模に起こっている結果、スーパーの売上高が減少しているという効果は無視できないものがあります。
そうだとすると、スーパーの売上高が減少しているといっても、家計の実質消費は減少していない可能性が高いのです。例えば、家で食べるご飯のおかずの数とか、あるいは衣料品でいうとタンスの中にしまってある下着やセーターとかの枚数とか、このようなものは別に減っていないと考えられるのです。その代わり、例えば、従来は百貨店で買っていたものを、最近ではユニクロで買うとか、マックスバリューやファッションセンターしまむらで買うというようなことになると、それだけで値段は下がりますので、結果として売上高も減っているということになります。
それはデフレであって悪いことだという議論もあるわけですが、家計にとって見れば、実質的な消費があまり落ちていないというのは悪いことではありません。一番最初にGDPの説明をしたときに、日本のGDPを支えているのは個人消費で、ほぼ100の水準のまま動いていないところが大きいのですと申し上げましたが、そこに繋がっていく話です。つまり、今県内の家計の目から見ると、給料もあまり上がらない、むしろボーナスを含めて考えると若干下がっているけれども、それにも増して物価が下がっている。その物価というのはCPIだけではなくて、プライベートブランドへのシフトであるとか、デパートからユニクロであるとか、ファッションセンターしまむらへのシフトであるとかということまでカウントすると、もっとドラスティックに下がっているので、そうすると、もちろん物価下落の影響をあまり受けない学校の授業料や公共料金は下がっていないから苦しいのは苦しいのだけれども、一般の物を買う分については、収入が下がっているほどには大きな苦しみを味わわないですんでいるというのが現状ではないかと、私は見ています。
ただ、それでいいということでは決してなくて、これからもっと景気がよくなって、あるいはお給料ももっと上がっていって、結果的としてみんながプライベートブランドはやはり美味しくないので、ナショナルブランドのおいしい納豆、おいしいチーズを食べたいと考え、少し高くてもナショナルブランドのほうを買おうというようになってくれれば、スーパーとか百貨店とかで売れるものの単価が上がりますから、そうなれば売上高にもプラスの効果が働くだろうと期待しています。
実際、最近、一部のスーパーではプライベートブランドを縮小する動きも出ています。自分たちでコストをかけてプライベートブランドをやるよりは、ナショナルブランドをきちんと売っていこう、そのほうがお客様にも喜ばれるということを指向しているスーパー、あるいはファッション、衣料雑貨販売者等が増えてきているように思います。ただ、その前提はやはり所得が戻るということです。そのような意味では、これから来年にかけて賃金がどう動くか。来年度にかけてというか、この新年度において賃金がどう動くかとか、ボーナスがどう動くかというところは、私は非常に気になるところです。
こうした動きについても地域的な違いが相当ありまして、全国の動向を比較して感じたのは、そのような前向きの、プライベートブランドよりも高品質のナショナルブランドを売っていこうとか、品ぞろえを充実させてお客様の満足度を上げようとかいう、割とゆとりのあることを言えるのは、実は山口県を始めとする比較的景気の落ち込みの緩やかな県だけなのです。例えば北海道や青森ではどうかというと、そうした地域はまるで1年前の山口県を見ているような感じで、ひたすら安値攻勢、激安戦争のようなのがものすごい勢いで起こっているようで、地域間の格差が開いてきているような感じがします。世界経済が大きく変化する中で、アジアの成長に対して地域経済が対応できている県と、できていない県の違いが、結構拡大しているように思うのです。
今、申し上げたことは、消費者側に立ったときの見方です。それに対して、スーパーとか百貨店の側に立ってみると、そんなに悠長なことを言うなよということになるわけです。実質的な消費があまり落ちてないからいいじゃないかと言っても、スーパー、百貨店は、売上高がいくらかということで競争するわけです。これは金額なのです。スーパー、百貨店は人件費や地代を払わなければならないですから、売上高が伸び悩むというのは、これはどのような理屈がつこうが、それは決してありがたいことではないわけです。何とか売上高の名目値がプラスになるようにできないかというのが、百貨店、スーパーの側の願望でしょう。
これはなかなか難しい問題です。というのは、商品の値段を下げているのは、スーパーや百貨店が自分で下げているからです。売れないから、売れるためにはバーゲンを前倒ししましょう、高い商品は売れないので、プライベートブランドで安くしましょうということで、スーパーや百貨店が自ら価格を引き下げてしまい、結果として自分で自分の首を絞めている部分があります。
今後、経済全体が上向きになってきて、消費の意欲も高まってくれば、そのような部分も前向きの方向に変わっていって、結果として物価の下落もおさまってくれるし、売上高も上がっていくという、そうしたシナリオが本当は望ましいのですけれども、そのような方向にいくかどうか、これからしばらく注意を要するところかと思います。
(5) 政策効果に支えられた自動車、家電の持ち直し
個人消費関連の統計指標の中でも、家電の売上高と新車登録台数の二つは非常に高い伸びを示しています。これはなぜかといえば、政策的な補助があるからです。家電はいわゆるエコポイント制度が導入されてから急に前年比の伸び率が高くなり、今では家電量販店は前年比で20%を超える伸びを示しています。 家電の伸びの背景には、エコポイントに加えて地デジ特需があるといっていいでしょう。最近、県内では、大型のデジタルテレビが圧倒的に売れています。同じエコポイントを得られるといっても、冷蔵庫とか白物家電系はそれほど売れていないようです。2011年に向けて地デジを買わなくてはいけないということに背中を押されて、同時に薄型テレビが随分安いのが出てきましたから、それが売れているというのが家電の動きです。
その次に新車登録台数を見てみましょう。これも山口県は全国に比べて随分高いのですけれども、これは言うまでもない、エコカー減税による効果です。最も売れている車種がプリウスだというのは、これは山口県も全国も同じです。
エコカー、エコ家電については、今後もある程度の期間の延長が見込まれておりますので、一気に3月末で売れなくなって、前年比でマイナスになってしまうという心配はしなくていいだろうと思っています。ただ、これもずっと続くわけではないので、どこかのタイミングで政策効果が息切れをして、個人消費が支えられている部分のうちの政策効果で支えられている部分は、もしかしたら剥落してしまうのではないかということが心配されていて、この辺がいわゆる「二番底」議論の理由とされているわけです。
正直私はここですぐに二番底が来ると思っていませんが、ただ、今年1-3月までは何とかなるでしょうけれども、来年度4月以降に各種の政策効果が徐々に切れだします。徐々に切れだすというのはどのようなことかというと、エコカーにしろ、エコ家電にしろ、導入されて1年経ったら、1年前と同じ効果をずっと続けていたとしても、前年比ではチャラになるのです。1年間プラスがあったとしても、1年たった後には前年比の効果はゼロになるわけです。もし仮に、1年たって打ち切りになってしまったら、今度はその前年プラスだった部分がマイナスになるわけですから、来年度初に若干のマイナスインパクトが生じることは避けられないだろうと思っています。
そのような意味では、「踊り場」という表現を使うことも多いのですが、政策効果が途切れることによって、登りの階段が途中で踊り場で真っ平らになるように、伸び率が相当低下する可能性があります。ただ、そこでも激しく落ちることはないだろうと思います。
(6) 低迷する県内企業の設備投資
そうは言っても、山口県経済の先行きを考えたとき、心配なことが二つあります。心配事の第一は、設備投資が伸びないことです。今、山口県の生産はかなり回復してきていますけれども、そうは言っても回復したレベルというのは、せいぜいリーマンショック前の水準にようやく戻ってきたかというそのようなタイミングなわけです。そうすると、生産能力は維持されたままの状態ですから、生産のレベルが戻ってきたといっても、まだ大量の有休設備があるわけです。そのような設備が残っている以上、さらに追加的に能力を増強して設備投資をやろうという動きは、実はあまり出てこないのです。
私どもがお願いしております企業アンケート調査や、幾つかの県内の調査機関がやっている調査の2009年度の記録で見ると、大体どの調査で見てもマイナス30%からマイナス40%の大幅な減少であることは確実でありまして、まだアンケート調査は取ってはおりませんが、2010年についてもそれほどプラスになるとは思えない、むしろマイナスが続くのではないかと私は心配しています。
設備投資というのは、これまで日本経済を引っ張ってくる大きな力だったわけで、経済成長にはぜひともそれが必要なわけです。生産能力をどんどん増していって、それによって生産を続けて、利益が上がるからまた設備投資をやる。その設備投資自体がまた生産を誘発するという、そのような効果を持っているわけですが、この設備投資に残念ながら力がなくなってしまっている。しかも先ほどお話ししましたが、日本国内ではなくて、海外に投資をしてしまう。県内の大手の事業者さんも、日本国内で生産を続けていていいんだろうかと悩んでおられます。今のままでいくと、日本では、二酸化炭素排出規制が強化され、環境税がかかってくるかもしれません。日本国内で生産をすると、環境税の課された高い石炭やナフサを使わなくてはいけなくなるかもしれません。そうなる位だったら、そのような問題がない中国とかインドネシアとかタイとかに移ったほうがいいのではないかという議論を、真剣に皆さんがされておられます。そうすると、これまで日本国内に設備があって、雇用もあって、それが生産を続けてくれて何とかなっていた世界から、それが一気に工場自体移転してしまうということになりかねないわけです。
そうならないように、適切な政策で企業構造をうまく誘導していかなくてはいけないと私は思うわけですけれども、果たしてそれがこれからそのようなシナリオどおりにいくだろうかというのが、少し心配しているところであります。
(7) 低迷する雇用者所得と厳しい雇用環境
もう一つの心配事は労働市場の動きです。先ほどお話ししましたように、山口県の雇用所得関係というのは結構厳しいです。何が厳しいかというと、まずボーナスが伸びないのです。2009年は企業収益が非常に悪かったですから、それを映じてボーナスもかなり引き下げられました。県内企業における現金給与総額は、マイナス6%~8%で落ち込んでいます。ボーナスだけみれば、マイナス15%~16%も前年を下回っています。
したがって、先ほども少しお話をしましたが、なかなか住宅ローンが組めないのです。山口市の近辺は比較的いいと聞きました。何となれば、公務員が多いからです。公務員のお給料も、この冬、若干下がりましたけれども、それでもこの14%とか15%という数字ではないので、ある程度長期的に見通しが立ちやすいそうです。ところが製造業で働いている人たちは、果たして自分たちが、そもそも自分たちの職場が来年もあるのだろうかということを正直心配されているかたがたが結構いらっしゃいます。雇われ続けてはいるかもしれないけれども、中国の工場に転勤してくれと言われるかもしれない、といった心配もあるでしょう。そのような意味では、自分たちが果たしてここに住居を持ち、ここで働いていくということで大丈夫なのだろうかということを、真面目に心配していらっしゃるかたがたがいらっしゃいますので、そのような意味では、何とかそのような不安を解消するようにしていかなければならないわけですけれども、そのためには日本国内で仕事をして、ビジネスをやっていくことが、それなりにペイするような仕組みになっていかないといけないということだと思います。
今、山口県の有効求人倍率というのは0.55倍ということで、実はこれは日本全国の都道府県で見ると一番高いクラスです。1年前に比べると半分に落ちましたから、随分大変なことになったと皆さんおっしゃっているわけですし、とりわけ新卒の採用はもうかなり壊滅的ではありますが、そうは言っても、前年比でマイナス3割ぐらいになっているのと、就職できなかった学生さんは、例えば進学を選ぶ等の形で、何とか足元を糊塗しているところではありますけれども、この状況がこのまま続くというと、なかなかしんどいことになるかと思っております。
有効求人倍数は、皆さんがご存じのとおり、有効求人数と有効求職者数を割り算したものでございまして、今、何が起こっているかというと、去年、一昨年のリーマンショック以降、有効求職者数、つまり失業して職を求める人たちの数が急に増えたのです。この人たちはさすがに足元、何らかの形で職に就くなどして、若干これは低下しつつあります。だから、有効求人数、職安を通じて人を求める数というのは、例えば、新しいショッピングセンターとかが下関にもできましたし、若干のプラスが効いてきていて、これもひところ大きく落ちていた状態と比べれば、有効求人倍率は、ほぼ横ばいになってきています。しかし、この先については、失業した人たちがどんどん雇われていって、これがもっと下がるとか、あるいは新規に求人をこれからどんどんしていって、有効求人数がどんどん増えていくというシナリオがなかなか描けないので、0.55倍からそれほど目立っては改善していかないだろうというのが心配なところでありまして、そこの部分をこれもやはり政策的にがんばって支えていく、あるいはこの場合は非常に悲惨な状態に陥る方々がいらっしゃると思いますので、そのような方々へのセイフティーネットを充実させていくということが、これから大事な課題なのだと思います。
4.一日も早い景気の回復を祈って
さて、最後に皆様にある絵をご紹介して、講演を締めくくりたいと思います。
この絵は、日本銀行の金融研究所の貨幣博物館で保管している、「金のなる木」の絵です。金のなる木というのはもちろん伝説の木でありまして、実際にお金、小判、大判小判がザクザクなる木はないわけですけれども、縁起物としてこのような浮世絵に描かれ、飾られたものです。こちらに描いてある金のなる木の前では、恵比寿、大黒、福の神が人々を応援しています。何を応援しているかというと、お百姓さんであるとか、職人さんであるとか、大工さんであるとか、そのようなかたがたが木を引き倒しています。この木には何と書いてあるかというと、「金融悪しき 古今無類の不景木(気)」と書いてあります。つまり、人々が力を合わせて不景気を根絶やしにしようとがんばっているのを福の神たちが応援しているという、大変おめでたい絵なのです。私はいつもこの絵を机の前に飾りまして、みんなもこういう気持ちで力を合わせて何とか不景気を根絶やしにしていこうではありませんかという話を申し上げているところであります。
今回の不景気については、山口県では相対的に早く、根絶やしとはいかないまでも、かなり弱めることができたと思いますが、これがさらに本当に根絶やしになるまで、県内のかたがた、こちらへご参集いただいた皆様も含めて力を合わせていただいて、一日も早く景気をよりよくしていただきたいということを祈念いたしまして、私の話とさせていただきます。どうもありがとうございました。
司会 今回は本当に貴重な講義をありがとうございました。
■質疑応答
質問者: いろいろ不景気を払拭しましょうというようなお話で、まことに心強いご講演でございました。ただ、私ども不動産鑑定士は本当の意味での、確かに景気は悪いのですけれども、本当の意味での景気動向、日銀としての、それとか山口県の本当の意味での景気動向、これがわれわれの一般的要因を考える一つのわれわれが知りたいところなのですが、どうもお聞きしておりますと、判断基準そのものが大企業、あるいは百貨店とか大手スーパー、そのようなものを判断基準にされて動向指数をされているのですけれども、われわれ鑑定士はよく商業地の評価をするときは、郊外店の大手のお店ができますと、既存の周りの商店街、小売店等がシャッター通りとか、宇部とか防府とか徳山もそうですけれども、そのような状況になっているのです。大事なのは、大手企業とか百貨店とかスーパー、百貨店でもちまきやのようにもう廃業するなどというのも出ていますけれども、そのような地場のシャッター通り、小売店とか、そういうものがほとんどなのですね、要するに徳山市でも防府でも宇部でも。一部の大企業、百貨店、スーパー、これはほんの一部なのです。それで判断基準をされると、確かにいろいろ聞き入っておりますと、今までの考え方と少し変えたと。よい材料に集めたとか、よい方向に変えるべきだとか、何か言葉があったようですが、やはりいろいろな会社に行って勇気づけされるのは結構ですけれども、われわれとしてはやはり全体的な本当の意味での景気動向、山口県の景気動向、そのようなものが知りたいのです。
岩下: 私が話しているのは、山口県の本当の景気動向です。
質問者: いや、しかし……。
岩下: 誤解のないように言っておきますが、私は各地の商店街がどのような状況になっているかということについては極めて子細に見ていますし、広範に商店街にヒアリングに行っていますので、そこについては十分に把握しているつもりです。ちなみに、山口県の宇部市とか周南市だけにシャッター街があるわけではなくて、日本全国の地方都市でそのような現象が生じています。駅前商店街が今なかなか商売がうまくいっていなくて、大規模なロードサイド店に客を取られてしまっているというのは、これは全国的な現象ですので、当県にだけ、あるいは当県の特定の商店街にだけそのような現象が起こっているということでは決してないのです。「そのような部分は悪いではないか」というのはおっしゃるとおりですが、その部分にどれくらいスポットを当てるべきかというのは、経済全体を何をもってウエイト付けするかということに依存するのです。
多分、不動産鑑定士さんの場合のお仕事の対象先として、そのような商店街への関与が非常に高いので、その業況が気になるのでしょう。それはよく分かります。ただ、そのような商店街の業況が、山口県経済の動きを代表する指標かというと、そうはならないのです。一般に山口県全体の経済を代表する指標としては、県内の総生産であるとか県民所得が使われます。シャッター街の景気がよくないということは構造的に続いていることですから、それは足元の山口県の景気動向に大きな影響を与える要素にはならないのです。
もちろん、社会政策的な観点からシャッター街を何とかしなければというのは、中心市街地活性化の議論として重要であり、各自治体も一生懸命取り組んでいるところです。それについては私もいろいろと申し上げたいことがありますが、今日お話ししたのは山口県の経済情勢ですので、それはまた別のテーマであると考えています。
質問者: ただ、判断基準というのがここに示されていて、判断基準では大企業とか百貨店とかスーパー、そのような判断基準なのですね。先ほど言うように、投資は調査機関では30%、40%マイナスになると。投資の乗数効果から見ても、あまりいい状況ではないです。それから有効求人倍率も、防府はまさに三十何%です。徳山はまだ素材産業で六十何%ですけれども、最近山口もホワイトカラー族で有効求人倍率がよかったのです。それがだんだん今、悪くなってきています。ということは、やはりそのようなものも含めて、総体的に判断基準をやはり拡大されて考えられたとき、先ほどからの、山口県は先頭集団だとか、全国に先駆けてどうのこうのとか、やはりどうも少し私ども、仕事をやっていてぴんと来ないような状況がありますね。
岩下: そのようにおっしゃる方は非常に多いです。だから私は最初に、「皆様の実感に合わないかもしれませんが」と申し上げました。と申しますのは、日本全国の、山口県以外の地域がどうなっているかについて、どのように皆さんが見ていらっしゃるかに依存するためです。山口県にお住まいの方は、基本的には山口県の情報に基づいてお話されます。そうすると山口県は去年と比べてよくないとか、最盛期と比べてどうだということをおっしゃるわけです。これに対して、私が本日申し上げたのは、全国各地の経済指標を比較したときに、山口県が相対的に落ち込みが少ないという事実です。それがなんとなくご自身の実感に合わないからといって、それは正確に見ていないというようにおっしゃられているとすると、それは少しお考え違いではないかと私は思います。
質問者: よく分かりました。ただ、各種景気動向アンケート調査というのは山口財務事務所、日銀の下関店、それから山口経済研究所、西京総研、県内信用金庫、これがありますが、特に山口財務事務所が非常にマイナスが少ない。その次にマイナスが少ないのは日本銀行下関支店ですね。ほかの山口経済研究所とか、西京総研とか、県内信用金庫、マイナス50とか70とか50とか、そのアンケートに比べると、極端にという方向ではないでしょうけれども、かなりマイナスが少ない。
岩下: その点については先ほどご説明したと思いますが、もしかしてお聞き逃しになったかもしれませんので、もう一度ご説明しましょう。実は、ご質問されたアンケート調査の中で一番良い数字となっているのは、西中国信金のアンケート調査なのです。山口県内にはいろいろな景気動向アンケート調査があり、それらを解釈・評価するのはなかなか難しいということを申し上げるために、それらすべてを並べたグラフをお示ししたわけです。基本的に、これらのアンケート調査結果の違いは、聞き方の違いによるものです。四半期前と比較するのか、あるいは今のレベルを聞いているのか、1年前と比較するのかという、その聞き方によって、景況判断の値に違いが出てきます。山口財務事務所と西中国信金の数字が相対的に良いのは、四半期前からの改善状況を尋ねるという聞き方に起因するものと考えられます。別に彼らは結果を良くしようと思ってそのような聞き方をしているわけではなくて、そのほうが景気の動向をより早くとらえられるという、彼らなりの考え方に基づき、統計開始当初からずっとそのような聞き方をしているのです。そうした違いがあることを踏まえれば、景況判断の値の大小を単純に比較して、ある機関の調査が経済の実態に合っていないとおっしゃることは、適切でないと私は思います。
(不動産鑑定やまぐち 平成21年度 第13号掲載)