日本銀行金融研究所/金融研究/2009.7
偽造防止技術の新潮流:金融分野における人工物メトリクスの可能性
岩下直行
要 旨
金融取引においては、証券、紙幣、小切手、預金通帳、カード等の人工的に製造された物理媒体(人工物)が使用されている。こうした人工物は、偽造や不正使用を防ぐために、紙の表面に特殊な印刷を施したり、カードにホログラムを貼付したりするなど、さまざまな偽造防止技術を実装している。ところが、こうした偽造防止技術は、最近の情報技術の進展に伴い、その有効性が徐々に低下してきている。将来にわたって金融取引の安全性を確保していくために、偽造防止技術の更なる高度化に向けて検討を進めていく必要がある。
こうした問題意識に基づき、人工物メトリクスと呼ばれる技術が提案された。人工物メトリクスは、人工物に固有の特徴を利用する偽造防止技術であり、人為的に制御することの難しいランダムな固有パターンを認証に利用することによって、技術内容を公開しても偽造に対する抵抗力を維持できると考えられている。この性質を利用すれば、偽造防止技術の安全性を客観的に評価できるため、情報技術の進展による有効性の低下に対応することも可能かもしれない。偽造防止技術の研究領域においては、この新しい技術は、理論面・実装面の双方で、新しい潮流として定着しつつある。広く実務に適用することはまだ難しいものの、将来の偽造防止技術のあり方を考えるうえで無視できない存在となりつつある。
また、人工物メトリクスが目的とした、「安全性を客観的に評価できる偽造防止技術」というアプローチと似た動きが、既存のさまざまな偽造防止技術の研究においてもみられ始めている。
本稿では、人工物メトリクスという新技術を踏まえて、既存技術を含めた金融分野での偽造防止技術のあり方を検討し、次世代に向けた展望を示す。
キーワード:偽造防止技術、人工物メトリクス、セキュリティ、印刷技術、ホログラム、IC カード
本稿は、2009 年 3 月 11 日に日本銀行で開催された「第 11 回情報セキュリティ・シンポジウム」への提出論文に加筆・修正を施したものである。なお、本稿に示されている意見は、筆者個人に属し、日本銀行の公式見解を示すものではない。また、ありうべき誤りはすべて筆者個人に属する。
岩下直行 日本銀行金融研究所情報技術研究センター長(現 下関支店長)