日本銀行金融研究所 / DPS-1997-J-8 / 1997.5
岩下直行*・宇根正志**
要 旨
インターネットのようなオープンなネットワークを利用した情報通信や電子商取引においては、部外者から機密情報を保護したり、通信内容や通信相手の真正性を確認するために、暗号技術が積極的に利用されている。暗号技術の普及は、電子商取引を推進する立場や、利用者のプライバシー保護の観点からは望ましい反面、それが悪用されると、犯罪捜査等の法律執行における障害になるという問題が存在する。
こうした問題への対応策として提案されているのが、キーリカバリー構想である。この構想は、利用者が暗号化を行うための秘密の「鍵」を信頼できる機関に寄託しておき、法律執行上の必要が生じた場合は、一定の手続きに基づいて捜査当局がこの「鍵」を利用して暗号化された情報を解読できるようにする仕組みである。これが普及すれば、利用者のプライバシーを尊重しつつ、万一の場合は法律執行上の要請に応えることもできると主張されている。欧米主要国の当局者の間では、キーリカバリー構想を実現するための制度、システムを整備しようという動きが急速に具体化しつつある。
しかしながら、キーリカバリー構想については、社会的、技術的、経済的に、更に検討すべき様々な問題が存在することが指摘されている。インターネットの普及や電子商取引の実現のために暗号技術の重要性が増してきているため、こうした構想を含め、暗号技術を巡る諸外国の動向にも注意を払っていくことが必要となっていると考えられる。
キーワード:暗号、鍵管理、鍵寄託、鍵復元、キーリカバリー、キーエスクロー
JEL classification: L86
* 日本銀行金融研究所研究第2課副調査役(E-mail: iwashita@imes.boj.go.jp)
** 日本銀行金融研究所研究第2課(E-mail: une@imes.boj.go.jp)
本論文を作成するに当たっては、横浜国立大学の松本勉助教授、NTT 情報通信研究所の岡本龍明特別研究員および太田和夫主幹研究員から有益なコメントを頂戴した。