日銀下関支店長 岩下直行
「絵文字一つもないそっけない返事しか届かなくて」という表現は、中高生に人気の女性歌手、西野カナの歌の文句だ。携帯メールでは、たくさんの絵文字を使うことが親しさのバロメータと受け止められている。冒頭のフレーズは、若い女性が、恋人の冷淡な返信メールをなじるという設定の中で使われている。仕事のメールでは絵文字は使わないから、それらを使えば私的なメールっぽくなり、親しみも感じられる。とはいえ、男性が妙に流ちょうに絵文字をあしらったメールを送ると、引いてしまう女性もいるだろう。この恋人がそっけないメールを返しているのも、案外計算した行動かもしれない。
ところで、そもそもこのような絵文字が使われるようになったのはなぜなのだろうか。携帯メールの絵文字の源流は、顔文字と呼ばれる、記号を組み合わせて作った顔のような文字列である。例えば、(^_^)とか、:-)といった表現だ。こうした表現は、電子メールによるコミュニケーションの発達により、必要に迫られて生まれたものだ。
対面で話す場合、自分が真面目に話しているのか、冗談を言っているのかを、声の調子や表情で表すことができる。相手の顔を見て、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのかを感じ取ることも容易である。
これに対し、手紙の場合、使えるのは文字だけで、かつ一方通行であり、お互いの表情や感情を伝え合うことはできない。このため、手紙文は最大限の敬意を払って丁寧に書かれることが通例である。手紙の書き方がやたらと堅苦しいのは、感情面の誤解や行き違いを避けるための安全策なのだ。手紙では既にそれが様式化しているので、かしこまった表現でも特に違和感は感じない。
ところが、電子メールの登場によって、あたかも話すようにリアルタイムに相手に届く文字情報の通信手段が普及した。メールに手紙文のような堅苦しい表現を使うのは大げさすぎるため、話し言葉で書かれることが多くなったが、対面での会話ならば当然に伝えられる話し手の感情や言葉の調子を伝えることはできない。この結果、メールで話し合いをしていると、議論が白熱し、感情的な対立が深まってしまう事例が多発したのである。
こうした問題を回避するために、書き手の感情を代弁する道具として登場したのが顔文字だ。伝えにくいことを伝える際に、適切に笑顔のマークを入れることで、悪気はないことを言外ににじませるために使われたのが顔文字の始まりであった。いわば、メールに添えられた「愛想笑い」である。それが進化して現在の絵文字になった。その意味では、真剣に議論を交わす仕事用のメールにこそ、絵文字の温かさが必要なのかもしれない。
(2011.2.23日 山口新聞掲載)
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