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ナゾと推論12 ニホンかニッポンか

 日銀下関支店長 岩下直行

日本という国号を、ニホンと読むか、ニッポンと読むかは、古くから論争の対象とされてきた。普段の生活の中では、あまり力を入れずにニホンと発音する人が多いだろう。これに対し、例えばスポーツの国際大会で、ちょっと力を入れて「頑張れ日本」と応援するときは、ニッポンと発音する人が多いと思う。

私が勤める日本銀行も、この論争でよく言及される組織だ。テレビのニュースでは、「ニホンギンコウ」と読み上げるアナウンサーもいるし、「ニッポンギンコウ」と発音する人もいるが、正式な名称は後者とされる。皆さんがお持ちのお札(日本銀行券)の裏側を見てほしい。どのお札にも必ず、NIPPON GINKOというローマ字が印刷されている。つまり、ニッポン銀行だと名乗っているのである。

日本という字を名称に含む会社や大学はたくさんあるが、その英字名称を調べてみると、日本の読み方が組織によって異なることが分かる。例えば、日本大学はニホンだが、日本体育大学はニッポンだ。とはいえ、どちらで発音したとしても、目くじらを立てる人はほとんどいないだろう。私自身も、普段はニホンギンコウと発音することのほうが多い。ただし、正式な場で名乗るときは、ちょっとだけ居ずまいを正して、ニッポンギンコウと発音するようにしている。

国学院大学教授の岩橋小弥太が1970年に著わした『日本の国号』は、過去の文献に登場する我が国の様々な国号を考証した本だ。その中に、日本という字の読み方を考察した部分がある。それによれば、元々日本という字はニッポンと発音された。漢字を音読みするとすれば、ニチとホン(ポン)であり、「日記」とか「日光」と同じく、ニッという促音で発音されたのが始まりであった。それが時代を経て平板化し、ニホンという発音に変化したらしい。

過去に漢字がどう発音されていたかは、文献からは判断しにくい。仮名の表記において、促音に「ッ」の字を挿入したり、半濁音にマルを付けたりするのは、比較的最近に普及した書き方で、古い文献にはみられない。このため、文献にニホンという仮名が書いてあったとしても、その実際の発音がニホンだったのか、ニッポンだったのかは分からないのである。

そこで、同書では、謡曲や連歌を調べて音数を数えたり、外国人がローマ字で書き取った文献を調べたりして、各時代の読み方を推定している。そして、中世まではニッポンが優勢であったが、近世以降はニホンが増え、その後現代まで両者が共存してきたと結論付けている。

つまり、かれこれ数百年間、二種類の読み方が混在してきたことになる。今後も、簡単に決着のつく問題ではないだろう。

(2010.12.8日 山口新聞掲載)

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