日銀下関支店長 岩下直行
今年(2010年)は夏が暑すぎたので、植物たちも大変だったらしい。私が毎朝通勤する道筋でも、去年の夏はフヨウやムクゲがきれいに咲いていたのに、今年の夏はどの木も元気がなく、花も少なかった。逆に、今年の秋は、夏の間休んでいた木が涼しくなってから大量の花を咲かせて、その花が11月まで咲き続けていた。夏の異常気象が、晩秋まで尾を引いていたのだ。
夏の花と秋の花が一緒に咲いたので、多くの花が楽しめたこの秋だったが、その中で最も強く印象に残っているのは、普通に道端にも咲いている雑草、セイタカアワダチソウのことだ。
県内で在来線に乗ると、線路の路肩や空き地を覆い尽くしたセイタカアワダチソウが目にとまる。人の背丈ほどもある長い茎の先にたくさんの黄色い花を付ける帰化植物で、風を受けるとまるで人が首を振るように花が揺れる。先日訪れた、山陰線の吉見駅裏側の空き地は、この花が無数に並ぶ一面の黄色い花畑で、その幻想的な風景に目を奪われた。
この花は、明治時代に観賞用として北米大陸から持ち込まれたものらしい。戦後、日本中の空き地や川原に急速に広まった。毒があるとも、花粉症の原因になるとも言われた嫌われもので、以前はわざわざ駆除作業をしていたほどだ。しかし、この花は蜂などの虫が花粉を媒介する「虫媒花」なので、スギやブタクサのような風媒花とは異なり、花粉症の原因にはならない。もちろん、毒もない。
阿部夏丸の小説『見えない敵』は、この花を駆除しようとする大人から、自分たちの遊び場を守ろうとする小学生の物語だ。主人公の少年は、この花に害がないことを筋道立てて説明するが、帰化植物という「よそ者」を忌み嫌う大人は耳を貸さない。結局、花は引き抜かれ、火に投じられる。読み終えて、少年のやるせない思いに共感したことを思い出す。
淡水生物研究所の森下郁子所長は、この花について、面白い指摘をしている。日本の平野部の多くでは、モグラやネズミの活動の結果、地下50センチの深さに肥料が残されていた。この花は、その深さの養分を吸収できる。この花が来る以前は、そのような性質の植物がなかったので、この花は肥料を独占でき、急速に勢力を伸ばした。しかし、3、40年経過し、その深さの肥料を使い尽すと、勢力の拡大はおさまった。地下からくみ出された肥料は、植物が枯れて土に戻ることによって地表近くにばらまかれ、現在はススキの栄養になっている。結局、この花が、ススキのために土壌を改良したようなものだという。
現在、我々が目にしている日本の自然は、過去に何度も繰り返されてきた帰化植物の侵入と定着の結果、形作られたものだ。自然環境に深刻な被害を与えるのでない限り、こうした「よそ者」とも上手に共生していくことが大切だと思う。
(2010.11.17日 山口新聞掲載)
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