日銀下関支店長 岩下直行
山口県が誇る郷土の童謡詩人、金子みすゞの詩を、講演資料や寄稿で紹介させてもらうことがよくある。例えば、「はちと神様」という詩を紹介した上で、「町は日本のなかに/日本は世界のなかに」だから、世界経済、日本経済の動きが私たちの暮らしに影響してくるのです、などと説明する。とっつきにくい金融経済の話を、何とか親しみやすくしようという工夫だが、果たして成功しているだろうか。
支店長室のデスク後方、すぐ手の届く書棚に、「金子みすゞ全集」を置いている。詩人が自ら手帳三冊に編んだ手書き遺稿集が、そのまま三分冊の詩集になったものだ。時折、この詩集をパラパラとめくりながら、講演で紹介できる詩はないかと考えたりしている。
こうした文学関連の情報収集をする時には、インターネットが欠かせない。詩人の名前をキーワードにして検索すれば、詩の引用や感想が書かれたサイトがみつかる。自分の解釈が間違っていないか、他人の二番煎じになっていないか、色々と確認できるし、勉強にもなる。ところが最近、ネット上に確かに存在するのに、検索に引っかからない金子みすゞ関連のサイトが少なくないことに気づいた。
原因は詩人の名前にある。詩人は「みすゞ」と名乗った。この名前はパソコンでは入力しにくい。繰り返し記号(ゞ)の入力が面倒なのだ。最新のパソコンなら固有名詞として漢字変換できるが、かつては個別に入力する必要があった。その結果、文字データが「みすず」となっている資料が少なくない。すると、検索の条件によっては両者が区別され、検索から脱落してしまうのだ。
これに加えて時々見かけるのが、「みすヾ」となっているケースだ。ちょっと気づきにくいのだが、この「濁点付き繰り返し記号」にはひらがなとカタカナがある。「ゞ」はひらがな、「ヾ」はカタカナなのだ。学校の国語の授業では教わらないが、パソコンの文字コード区分がそうなっているのだから仕方ない。名前にひらがなとカタカナが混在することは普通はないが、記号を特殊文字一覧から個別入力する際に、混同してしまう人が結構いるということだろう。こちらも、検索から脱落する原因になる。
もちろん、詩人はひらがなの繰り返し記号を使ったのだから、「みすず」でも「みすヾ」でもなくて、「みすゞ」が正しい。とはいえ、どの表記を使っているサイトであっても、この詩人とその詩を愛する気持ちは同じだろう。情報検索をする側が、三種類の表記の可能性を考えて、検索するときに気をつけるしかないのである。
(2010.10.20日 山口新聞掲載)
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