日銀下関支店長 岩下直行
私ごとで恐縮ですが、7月15日付けの人事異動で東京に転勤することになりました。このため、この「ナゾと推論」の連載も今回が最終回となります。読者の皆様には、昨年9月以来、1年近くの間、お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
山口県で過ごしたこの2年余りを振り返ると、忘れがたい思い出ばかりですが、中でもこの地を訪れた最初の日の記憶は鮮明です。新たな住まいとなったマンションの一室に入ったとき、ベランダから関門海峡を通る船が間近に見えたのです。海のない県(栃木県)で生まれた私は、海の見える家に住むのが夢でした。大きな船が次々に海峡を通り抜ける姿は感動的で、とてもウキウキした気分となったのを覚えています。
◆海響館前を航行するコンテナ船
それから2年間、私は山口県内の各地を訪れ、多くのすばらしい方々に巡り合うことができました。経済調査のために訪問する企業の経営者はもとより、神社の宮司やお寺の住職、文学者や郷土史家など、さまざまな方々からお話をお聞きすることができました。そうした巡り合いを通して、山口県の持つ奥深い歴史の一端に触れることができたのは、私にとって大きな収穫でした。
私がこの連載で取り上げてきた地元の歴史や風物に関する話題の多くは、そうした方々から伺った話をもとに、週末に図書館で裏付け調査をして書いたものでした。そして今回、これまで連載してきたエッセイや講演原稿をとりまとめて、「ナゾと推論―長州、馬関発」という題名の本として出版することになりました。出版のタイミングが異動と重なり、まるで置き土産のようになってしまいましたが、山口県に別れを告げる前に何とか本が完成して、内心ホッとしているところです。東京に戻ったら、今度は山口県の応援団として、歴史や自然や食べ物など、山口県のすばらしさを、少しでも多くの人々に伝えていきたいと思っています。
山口県のすばらしさといえば、もうひとつ、山口県経済の底力を忘れるわけにはいきません。リーマンショック以降、全国的に厳しい景気情勢が続いてきましたが、山口県に限ってみれば、相対的に落ち込みは少なく、回復に転じるタイミングも早かったといえます。これは、強い国際競争力を持つ製造業の工場が多数設置されているからです。経済規模対比で全国平均の約2倍の工業生産を行う山口県の製造業は、山口県経済のエンジンです。
そして、それを支えているのは山口県の人材です。山口県の製造業の競争力が強いのは、優秀で勤勉な人材が工場の現場を支えているからだと多くの人が指摘しています。海外との競争は年々激しくなっていますが、優秀な人材を育成していくことで差別化が図られているのが、山口県の大きな強みです。
山口県経済は、震災後の落ち込みを脱し、持ち直しつつありますが、今後もまだまだ厳しい経済情勢は続くでしょう。しかし、その底力をもってすれば、必ず乗り切れるはずです。私はこれからも、山口県経済にエールを送り続けたいと思います。
(2011.7.13日 山口新聞掲載)
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